臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 5-10

競技志向の障害者:パラリンピアンに至るまでの心理的プロセス

内田 若希
九州大学大学院人間環境研究院

中途身体障害を受障したパラアスリートが,「受障体験」と「スポーツでの意味のある体験」という2つの転機を通じて自己成長するプロセスは,いわば人生( 自己) の喪失と再構築のプロセスである。本稿では,喪失体験に直面し,葛藤や苦悩を繰り返しながらも,喪失後の世界を歩んできたパラリンピアンの心理的変容のプロセスを提示することを目指す。具体的には,①喪失体験をめぐる心の様相,②パラスポーツを通した心理的な回復のプロセスについて概観していく。最後に,困難を克服した英雄的存在としてのパラアスリート像が求められる中で,覆い隠されてしまいがちなパラリンピアンの心理的な葛藤についても触れることとする。

【キー・ワード】パラアスリート,喪失体験,自己の再構築,葛藤


臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 11-17

パラリンピックが一般の障害者に与える心理的な影響

秋本 成晴
筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻

パラリンピックは,いまや競技大会としての在り方をこえ,一般の障害者に対しても大きな心理的な影響を与える一大ムーブメントとなっている。パラリンピックムーブメントの核として位置づけられるパラリンピックバリューの1つである「インスピレーション」を見ても,その心理的な影響の重要性を窺うことができる。ただ,一部の報告によると,現在のパラリンピックムーブメントの影に取り残される一 部の障害者の存在も示唆されている。また,パラリンピックだけでなく,オリンピックも一般の障害者に対して一部ポジティブな心理的影響を与えている可能性があるのではないかと考えられる。

【キー・ワード】パラリンピック,レガシー,一般の障害者,エンパワメント,オリンピック


臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 18-24

2020東京オリパラ大会後の日本の障害者スポーツ振興の計画と課題

黒沼 一郎
スポーツ庁障害者スポーツ振興室長

1964年東京パラリンピックのレガシーとして,福祉政策分野で進められてきた障害者スポーツ振興は,2020年の2回目の東京パラリンピックの招致活動及びその実現によって,スポーツ政策の文脈で推進されるよう体制変更が行われた。スポーツ基本計画等に障害者スポーツに関する政策目標・施策が盛り込まれ,順次実施に移されているが,その達成は道半ばであるほか,新たにスポーツ実施者と無関心者の二極化やパラリンピック競技とそれ以外との格差等の懸念も生じてきている。大会後は,これら新たな懸念への対応のほか,福祉行政との連携の再構築や各種のスポーツ団体間の連携など,推進体制の広範な再構築が課題となると考えられる。

【キー・ワード】パラリンピック,レガシー,障害者スポーツ振興政策,スポーツ庁


臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 25-31

パラリンピック後の障害児体育

内田 匡輔
東海大学体育学部体育学科

2020年東京パラリンピック後の,障害ある児童生徒の体育・スポーツはどのようになるのだろうか。現在取り組まれている事業や,これまで取り組まれてきた施策について概説し,今後の影響を考察した。スポーツ庁が創設され,障害者スポーツの推進が図られていることを背景に,すべての特別支援学校が地域の障害者スポーツの拠点となる事業が実践されている。また,学校での教員の理解促進と環境の充実が喫緊の課題として取り組まれている。こういった取り組みが,パラリンピック後の障害児体育に与える影響として「競技と普及の混在」「障害の有無にこだわらない体育」「インクルーシブ体育・スポーツへの移行」のそれぞれが進むと考察した。

【キー・ワード】スポーツ庁創設,障害者スポーツの推進,第2期スポーツ基本計画,地域スポーツ,教員


臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 32-37

中村裕のフェスピック理念からみた現在の障害者スポーツ振興の課題

阿部 崇
東京家政大学子ども学部子ども支援学科

東京2020パラリンピック競技大会を控え,その予選を兼ねて2018年10月に第3回アジアパラ競技大会が開催された。そのアジアパラ競技大会の前身にはフェスピックという大会があり,1964年の東京パラリンピック開催に尽力した医師の中村裕が創始した。本研究では史資料から中村裕のフェスピック理念を明らかにし,その理念として①さまざまな障害のある人々が参加できる大会,②いかなる国・地域でも参加できる大会,③いかなる国・地域でも開催できる大会,を視点にフェスピックに参加した国・地域の大会参加推移や選手の障害種別の推移を分析し,今日の障害者スポーツ振興の在り方について検討する。

【キー・ワード】フェスピック,アジアパラ競技大会,パラリンピック,障害者スポーツ,中村裕


臨床発達心理実践研究2020 第15巻 第1号 38-47

小学1年生を対象とした音読確認
――T式ひらがな音読支援と多層指導モデルMIMの活用

赤尾依子  関あゆみ  小枝達也
大阪医科大学  小児科学 北海道大学  教育学研究院 国立成育医療研究センター

本研究は,小学1年生のひらがな習得度に差が出る特殊音節に着目し,T式ひらがな音読支援のみを実施したT式支援群と,T式ひらがな音読支援と多層指導モデルMIMの両方を実施したT式–MIM支援群のひらがな習得の進捗度と要支援児の割合を比較した。特殊音節の支援はMIMを使用した。その結果,各指標とも両群の値に差が認められなかった。一方,実施時期の効果は認められ,両群とも学年末には,ひらがなを流暢に読み,未習得文字数が減少し,要支援児の割合も減少することが示された。以上より,T式–MIM支援とT式支援はどちらも有効であり,小学1年生における読みのつまずきの早期発見・早期支援に効果のあることが示された

【キー・ワード】RTIモデル,小学1年生,読字困難,T式ひらがな音読支援